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首藤健治(神奈川県副知事)×鄭雄一(SHI研究科長)

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これからの行政には「イノベーション人材」が必要だ

2019年4月に開設される神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科(ヘルスイノベーションスクール)は、来る「人生100歳時代」を支える社会システムの構築に資するべく、医療・ヘルスケア領域においてイノベーション創出に取り組む「リサーチャー」「ビジネスパーソン」「アドミニストレータ」「ポリシーメーカー」という4タイプの人材の育成を目指している。

 

全3回からなる本企画では、同研究科の立ち上げに携わる教員が、医療・ヘルスケア業界の最前線で活躍し、新たな価値を生み出しているキーパーソンを訪ねる。研究科卒業生の「ロールモデル」になり得る人材は、課題が山積みの医療・ヘルスケア領域に、どのような志を持って関わっているのか。また、そこに至るまでのキャリアパスはどのようなものだったのか。それを紐解きながら、これからの医療・ヘルスケア領域を担う人材に求められる資質やスキル、広がり続ける同領域の可能性を探る。

 

今回登場するのは、神奈川県の首藤健治副知事。超高齢社会の到来という急激な社会変化を乗り越え、誰もが健康で長生きできる社会を目指す、同県の「ヘルスケア・ニューフロンティア政策」を牽引してきたキーパーソンだ。医師としてキャリアをスタートし、厚生労働省を経て神奈川県庁に入庁。「高齢社会は、ピンチではなくチャンス」と話す同氏に、医療・ヘルスケア領域に行政官として携わることの魅力と、その現場でいま求められている人材像について聞いた。

 

「医療が抱える問題は、社会が抱える問題の縮図だ」

:首藤さんは、京都大学医学部を卒業して間もなく、厚生省(当時。以下、現在の略称で厚労省と表記)に入省されました。元々は臨床医を志されていたと思いますが、なぜそのような選択をされたのですか。

 

首藤:もちろん最初から行政機関を目指していたわけではなく、さまざまな人との出会いを経て、結果的にこうなったというのが正直なところです。元々はシュヴァイツァーに憧れて医師を目指していました。幼い頃に彼の伝記を読み、将来はアフリカに渡って医療を提供したいと考えていました。

一人の医師として現場で活動することに意義があるのは、言うまでもありません。しかし医学部で学んだり、周りの人の話を聞くなかで見えてきたのは、「孤独な形でできることには限界がある」という現実。例えば、アフリカの医療問題を解決したいと思っても、医師としてのスキルを磨くだけでは実現できません。経済をはじめとする多領域にまたがる問題に総合的に取り組む必要があり、そこでは「社会のシステムをつくる」視点が不可欠です。世の中のルールメイキングがどのように行われているのかを知り、また自ら実践するためのトレーニングを重ねるための環境を求め、厚労省を選択しました。

そういう意味では、「医師」という立場にはあまりこだわりがなかったと言えるかもしれませんね。「医療に関する様々な課題を解決する」という、実現したいゴールのほうが先立っていたのだと思います。医師の資格の有無にかかわらず、最終的には「社会システムの改善」という道に向かっていたのではないかと思います。

 

:厚労省に入省した当時は、どんなことがやりたい、どんな課題を解決したいと考えていたのですか。

 

首藤:当初は、単純に自分のスキルを磨きたいという思いが強く、厚労省で成し遂げたいことについて、明確な目標設定はありませんでした。しかし、時間が経つうちに様々な課題や弱点が見えてきました。

医療政策の最大の弱点は、政策の成否がはっきりしないことだと思いました。というのも、オールジャパンでひとつの政策しか打たないため、成否を検証する術がなかったのです。政策によって良い結果が導かれたのか、それとも失策ながら医療現場の努力で結果が担保されたのか……それが曖昧にされてきたのが、日本の政策立案の長年の課題だと感じました。

検証するには当然「比較検証」という行為が必要で、それはすなわち、何が上手くいって、一方で何が上手くいかなかったのか明らかにすることを意味します。日本の行政機関は、それを好まない。みんなが何となく、平等であるような雰囲気――社会全体が、それに居心地の良さを感じていた時代が長かったのです。背景にあったのは、右肩上がりの経済成長。正直なところ、経済さえ堅調に成長していれば、何となく居心地の良い社会というものは出来上がるのです。社会保障制度における所得再分配も、経済成長が背景にあったからこそ、ある程度の納得感をもって実行されてきた。しかし、それがもう上手くいかなくなってきていることは明白で、厚労省もここ数年で大きく舵を切り始めています。

例えば、かねてから進められてきた医療保険制度改革の一環で、2018年度から国民健康保険(国保)制度を都道府県単位で一元化しました。各都道府県が財政運営の責任主体となって、安定的な財政運営や効率的な事業運営の確保など、国保運営の中心的な役割を担う体制へと改革が進められています。

これまで、政策立案機能と広義の保険者機能(社会保障制度における医療財政をコントロールする機能)を併せ持つ組織は、国内に厚労省しかありませんでした。しかし、それが一気に国プラス47都道府県の48団体になったわけです。「保険者努力支援制度」では、医療費の適正化のために努力・工夫をした自治体を支援することを目的に、国が約800億円の財源を確保しています。

 

:都道府県はこれまで、厚労省の管轄の下、横並びの医療サービスを提供してきましたが、これからはある意味「競争」させようとしているわけですよね。

 

首藤:そうですね。ただ、このままでは自治体間格差が広がる一方になります。こうした改革の先に見えてくるのは、上手くいっている自治体には経済的インセンティブを付与する一方で、そうでないところには具体的な政策提案をしたり、必要な人材を送り込んだりといった“現物介入”をするという構造への転換です。
このような制度改革に向けて、より多くの人材が自治体に求められるようになります。

 

今後の医療・ヘルスケア政策には「課題解決」と「価値創造」の2つの視点が必要

:たしかに近年は、従来は想像できなかったような劇的な変化が次々と起こっていますね。そうしたなか、行政で医療・ヘルスケア政策に携わる人材に求められる資質も、かつてのそれとは変わってきているのではないでしょうか。

 

首藤:保健・医療・福祉の関係部局は、これまで国がつくった法律に従い、国が決めた方針に従って計画を立て、実行するのが基本スタイルでした。特に保険に関しては、自治体に与えられる権限などほとんどなかったと言っていいでしょう。関係者も、それが当たり前だと思い続けてきましたから、自らルールを変えたり、作ろうと発想する人はどうしても少ない。

しかし、マインドセットは環境によって変え得るものだということが、黒岩県政7年の過程で実感できました。ヘルスイノベーション研究科立ち上げの原点である「ヘルスケア・ニューフロンティア政策」※1を推進するために発足した部門「ヘルスケア・ニューフロンティア推進本部室」は、保健・医療・福祉領域で県が独自の取り組みを強化していくという方針を明示し、そこに携わる人が県政の重要なパートを担っているということを可視化する上で重要な役割を果たしました。

ヘルスケア・ニューフロンティア推進本部室に集まったのは、県庁としては異色の存在ばかりでしたが、7年間の取り組みの結果、一定の存在感を示すようになりました。イノベーションを肯定し、取り組むための環境を用意することで、意識変容・行動変容は起こせます。

 

:スキルセットはいかがでしょうか。

 

首藤:小さくてもいいから、政策をゼロからつくり、一回りを完結させる経験をどれだけ積み重ねられるかが重要だと思っています。たとえ小さくても、円をひとつ描き切る経験を通じて、プロセス全体を俯瞰して見られるようになります。

 

:問題を発見し、調査し、立案し、実行して、政策や法律へと反映させていく――そこまでやりきってみることが重要だということですね。

 

首藤:それができたら、次は少しずつ大きな円を描けるようになります。大きい円は、自分一人で描き切るのは難しい。そのとき、物事を俯瞰して見る力がついていると、特定のパートでプレイヤーとして動きながら、全体が上手く進捗しているか常に把握し、プロジェクトの推進役を担うことができます。

また、社会を変えていくのに必要な力として「課題解決」のスキルにばかり目がいきがちですが、それと同じくらい「価値創造(バリュークリエイション)」のスキルも重要だと思います。世の中の課題を解決しさえすれば理想の社会が実現するかというと、そうとは限りません。思い切って視点を変え、先進的なテクノロジーを活用するなどにより、新しい価値をつくり出せば、もっと良い社会がつくれる上、その価値創造によって社会課題が解決される可能性も高いと思います。

 

:県が普及を目指す健康観「未病」※2に通じるものを感じますね。目の前の病気を治すだけでは、将来かかるかもしれない病気を防ぐことはできない。「未病」という別の軸をつくることで、現在の病気と将来の健康リスク、両方が解決できる可能性があります。

 

首藤:課題解決は基本的にゼロサムですが、価値創造はプラスサムになることが多いです。これからの10~20年でますます進化していくと考えられるテクノロジーを最大限に活用し、いかに価値創造していくか――制度設計には、この視点を持ちながら取り組んでいく必要があると思います。

 

※1 ヘルスケア・ニューフロンティア政策
ヘルスケア・ニューフロンティア政策とは、超高齢社会の到来という急激な社会変化を乗り越え、誰もが健康で長生きできる社会を目指す神奈川の新たな政策。


※2 未病
未病とは、心身の状態を健康と病気という2つの状態に明確に分けられる概念として捉えるのではなく、健康と病気の間を連続的に変化するものと捉え、このすべての変化の過程を表す概念。

 

これからの行政には「イノベーション人材」が求められている

:今回、首藤さんが大事に育ててきた「ヘルスケア・ニューフロンティア政策」の一環で、ヘルスイノベーション研究科が開設に至りました。政策全体における研究科の存在意義・位置づけを、どのようにとらえていますか。

 

首藤:ヘルスイノベーション研究科のミッションは研究と教育ですが、同時に神奈川県政のシンクタンク/ドゥタンク機能を担う重要な存在でもあります。これは、県政によって研究活動にさまざまな縛りが生じることを意味するものではありません。県政は、むしろグローバルなポリシーメイキングの入口ととらえてもらえればいいと思っています。

これまでのアカデミアにおける評価は「論文がすべて」と言っても過言ではありませんでした。学会でも、科学誌『Nature(ネイチャー)』や医学誌『The Lancet(ランセット)』に論文が何本載ったかが重視されてきました。もちろん論文は重要ですが、逆にそれ以外の活動に対する評価がないがしろにされてきたと感じています。社会システム構築に貢献するスキルを養うには、実践的トレーニングが不可欠です。県政をフィールドとした社会実装は、なかなか得難い貴重な機会になると思っています。研究科の門をたたく学生の方々には、そこでのトレーニングで経験値をどんどん高めていただきたいです。

 

:首藤さんが、研究科の取り組みの中で特に楽しみにしていることは何でしょうか。

 

首藤:キーワードを挙げると、「指標づくり」「テクノロジー」「エビデンス(ビッグデータ)」「社会システム」の4つがあります。

まず、「指標づくり」については、未病の評価系構築に期待しています。未病の指標ができると、個人の未来予測が可能になります。寿命が延伸すればするほど、どうしても多くの人が何らかの病気を抱えながら生きていくことになる。「人生100歳時代」には、平時から自分の心身の状態をモニタリングし、適切なタイミングで医療介入するモデルが必要で、そこには状態を評価するための指標が不可欠です。研究科と、鄭先生が副機構長を務める東京大学COI(センター・オブ・イノベーション)が連携して進めてくださることを期待しています。

次に「テクノロジー」「エビデンス(ビッグデータ)」について。個人の未来予測に必要となってくるこの2つの研究・開発は、研究科の主眼となってくるのではないでしょうか。最先端のテクノロジーと言えば、鄭先生も関わっている未病音声分析技術「MIMOSYS(ミモシス)」を興味深く拝見しています。人の声を基に心身の状態を検知・計測できる技術で、スマートフォンさえあれば手軽に活用できるところも素晴らしい。こうした技術は、先に述べた指標づくりにも大いに貢献してくれそうです。

そして「社会システム」。個人の現在の健康状態をモニタリング・評価した上で、将来想定し得るリスクをアセスメントする。その情報を、今から改善を始めた場合の効果(例えば、将来的な医療費削減など)へと置き換える作業が重要で、それを支える社会システムの構築が急務です。ここが、ポリシーメーカーを目指す人の重要な役割になると考えており、研究科での人材育成に大きな期待を寄せています。

新しいテクノロジーとエビデンス(ビッグデータ)を、新しい評価系に基づいて社会システムに適用していく。この作業を推進できるイノベーティブな人材が、行政機関はもちろんのこと、医療機関にも、民間企業にも必要とされています。

 

現代は第2の「明治維新」だ

首藤:ヘルスイノベーション研究科でポリシーメーカーとしてのスキルを磨いた人材の活躍の舞台は、医療・ヘルスケア政策に限定する必要はないと考えています。なぜなら、医療・ヘルスケア領域で培った経験は、ほかの政策領域にも応用可能だからです。

例えば、高齢者が抱える社会的課題は「健康」「経済」「孤独」の3つで、「3K」と言われます。その3つを解消した上で、生き甲斐のある人生を送ってもらうための価値創造が求められています。「健康」「経済」「孤独」は互いに切り離すことができない複合的な問題。この解消に向けて評価指標や社会システムを構築する経験を通じ、医療・ヘルスケアだけではない多様な領域で活かせるスキルを養うことができると思います。

私は、「世の中を変えていく絶好の機会」という意味で、現代は明治維新に匹敵する時代だととらえています。チャンスを活かすためには、超高齢社会を「ピンチ」や「危機」ではなく「チャンス」だと認識することから始めるべきだと思います。“危機管理モード”ではイノベーションは生まれません。多くの人が天寿を全うする社会は、長年にわたり我々人間が追い求めてきた社会と言ってよいのです。そのような社会をいかにして支えていくのか――本来、高齢社会を支える社会システムづくりは、非常に前向きな話であるはずですし、そうあるべきだと考えています。

他に類をみないスピードで高齢化が進行した日本が打ち出す方策に、世界中が注目しています。各国は、上手くいった施策は踏襲したいし、たとえ失敗したとしてもそこから学びを得たいと考えています。いずれにしても、私たちがつくり上げようとしている高齢社会を支えるシステムは、間違いなく世界最先端のものになるでしょう。そのシステムを産業モデルとしてグローバルに展開し、その国の繁栄に役立ててもらえたら、素晴らしいことだと思いませんか。

世界に資する社会システムづくりの最前線。ヘルスイノベーション研究科を志す皆さんにもぜひここに加わっていただき、ともにワクワク感をもって取り組んでいきたいですね。

 

PROFILE

首藤 健治氏

1991年京都大学医学部卒業。1993年厚生省入省。保険局、大臣官房統計情報部などで医系技官として医療行政に取り組み、1996年からハーバード大学に留学し公衆衛生学を学ぶ。厚生労働省大臣政務官室調整官、内閣官房医療イノベーション推進室企画官、神奈川県参事監(国際戦略総合特区・医療政策担当)、同理事(ヘルスケア・ニューフロンティア・医療政策担当)などを経て現職

鄭 雄一

1964年東京生まれ。1989年東京大学医学部卒業。1997年東京大学大学院医学系研究科修了(医学博士)。1998年ハーバード大学医学部講師。2001年ハーバード大学医学部助教授。2002年東京大学大学院医学系研究科助教授などを経て、2007年東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻教授。2016年より同大学院医学系研究科疾患生命工学センター教授兼務。専門は、骨・軟骨の生物学、再生医学、バイオマテリアル工学。副機構長を務める東京大学センター・オブ・イノベーションでは、「自分で守る健康社会」という将来ビジョンのもと、多数の産学協創プロジェクトを推進している。

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