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吉田穂波(SHI教授)×溝口勇児(FiNC Technologies)

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これからのヘルスケア業界には「自分勝手」で「本気」な人が必要だ

2019年4月に開設される神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科(ヘルスイノベーションスクール)は、来る「人生100歳時代」を支える社会システムの構築に資するべく、医療・ヘルスケア領域においてイノベーション創出に取り組む「リサーチャー」「ビジネスパーソン」「アドミニストレータ」「ポリシーメーカー」という4タイプの人材の育成を目指している。

 

全3回からなる本企画では、同研究科の立ち上げに携わる教員が、医療・ヘルスケア業界の最前線で活躍し、新たな価値を生み出しているキーパーソンを訪ねる。研究科卒業生の「ロールモデル」になり得る人材は、課題が山積みの医療・ヘルスケア領域に、どのような志を持って関わっているのか。また、そこに至るまでのキャリアパスはどのようなものだったのか。それを紐解きながら、これからの医療・ヘルスケア領域を担う人材に求められる資質やスキル、広がり続ける同領域の可能性を探る。

 

今回登場するのは、「一生に一度のかけがえのない人生の成功をサポートする」をビジョンに掲げ、AI(人工知能)などのテクノロジーを駆使して人々の健康・美容ニーズに応えるサービスを提供する、FiNC Technologiesの代表・溝口勇児氏。各業界の名だたる企業からの出資を受け、創業から累計100億円強の資金調達を実現してきた同社の成功の秘訣を紐解きながら、これからのヘルスケアビジネスを担う人材に求められる資質やスキルを探った。

 

これからのヘルスケアビジネスは、テクノロジーなしには語れない

吉田:溝口さんは、プロのトレーナーとしてキャリアをスタートし、フィットネスクラブの経営を経験したのち、2012年にFiNC(フィンク)を創業されました。異色の経歴をお持ちですが、「事業をやってみたい」「起業したい」と思うようになったきっかけはあったのでしょうか。

 

溝口:初めから「起業したい」と思っていたわけではなく、これまでのキャリアを通じて直面してきた、お客さまの課題を解決する方法のひとつとして、起業を選びました。

すべての始まりは、高校在学中の17歳のときにトレーナーという仕事に出会ったこと。私を息子や孫のようにかわいがってくれる人たちの身体づくりをサポートすることを通じて、人生で初めて、誰かに必要とされている、誰かの役に立っているという実感を得ることができました。

それが嬉しくて、誠心誠意お客さまと向き合ううち、お客さまの数がどんどん増えていきました。私一人でサポートできるお客さまの数には限りがありますから、キャパシティを増やすには、優秀なトレーナーを育成する必要が出てくる。19歳の時にトレーナー教育の担当者、20歳の時に責任者として人材育成を担うようになると、自分が直接お客さまをサポートすること以上に、大きなやりがいを覚えました。自分が教育したトレーナーが、お客さまから感謝の言葉をいただいているのを見ると、こみ上げてくるものがありましたね。

しかしそのうち、育成できるトレーナーの数にも、一人のトレーナーがサポートできるお客さまの数にも限界があると気づきます。そうして次に取り組んだのが、フィットネスクラブの経営でした。良いフィットネスクラブを増やせば、サポートできるお客さまの数を格段に増やすことができると考えていましたが、限界は思ったより早くやってきました。

対面でのサポートは、キャパシティに限界がある――そんな現実に直面したのと時を同じくして、スマートフォンが普及し始めました。これを使えば、非対面でも、対面で提供していたのと同じ、あるいはそれ以上のレベルのサービスを提供できる。そう確信して、FiNCの立ち上げに至りました。このように、目の前のことに懸命に向き合う中で、少しずつ活動の場が広がり、起業という選択肢にたどり着いたと言えます。

 

吉田:FiNCは、AI(人工知能)などのテクノロジーを駆使して、多くの人の健康・美容をサポートしていますが、テクノロジーやデータありきでサービスを考えたわけではないのですね。

 

溝口:私たちが掲げるビジョンは、「一生に一度のかけがえのない人生の成功をサポートする」。多くの人を対象に、各個人に最適なサービスを、ユーザーに負荷をかけることなく、かつ安価で提供するには、テクノロジーの活用が不可欠でした。

AIやIoT、VR/ARなど、テクノロジーにはさまざまなものがありますが、吉田先生もおっしゃるとおり、それぞれは単なる手段にすぎません。「どんな課題を解決するのか」というゴールから逆算して最適なものを選び取るだけですから、どのテクノロジーを活用するかということには全くこだわりがありませんし、新しいものが出てきたら積極的にアップデートしたいと考えています。仮にこれまで自分たちがやってきたことを否定することになったとしても、ビジョンを実現する上でより有用なものを見つけたら、迷わず取り入れていきたいですね。

 

吉田:「人や社会の課題解決」や「ウェルビーイングの実現」も、それ自体は過程・手段にすぎません。私たちヘルスイノベーション研究科(SHI)が、研究活動の先に目指すゴールは、「より多くの人に健康や笑顔、生きがいを与えること」です。そこに到達するための手段としてデータの利活用やテクノロジーが有効であるという考え方は、FiNCと共通していると感じています。

 

イノベーションを起こすのは、“掛け算人材”

吉田:溝口さんは、「ヘルスケアに関する知見」「テクノロジーに関する知見」「アントレプレナーシップ」「リーダーシップ」など、FiNCを立ち上げるために必要なあらゆる要素をご自身の中にお持ちですよね。どうしたらそんな人材になれるのか、とても興味があります。

 

溝口:「日本には、技術者はいるが商人がいない」とよく言われますよね。FiNCに出資くださっている名だたる大手企業の技術部門や研究開発部門の方とコミュニケーションをとると、活用されることなく眠っている優れた技術がたくさんあるということに気づかされます。なぜそんなことが起こるのか。それは、人材を「エンジニア(技術者)」「アントレプレナー(起業家)」「マーケター(商人)」といった具合に、役割毎に分断してしまっているからではないでしょうか。

生み出した価値を世の中に広め、人や社会の課題解決につなげていくためには、そのために必要なあらゆる要素を、一人の人材、あるいはチームで内包する必要があると考えます。私自身、トレーナーとして何百人ものお客さまと直接触れ合いながら、背景にある課題への認識を深めるとともに、その課題を解決するための技術を身に付けました。また、自らが所属するコミュニティを引っ張っていくリーダー気質があったことに加え、最新デバイスをはじめとするテクノロジーにも強く関心を持っていました。こうした複数の要素が重なり合って、社会に新しい価値を提供できるようになったのだと思います。

それと同様に、「公衆衛生学」というベースに、イノベーションを起こすのに必要なさまざまな要素を掛け算して、新たな価値を創造できる人材を育成するのが、SHIが目指していらっしゃることなのではないかと解釈しています。

 

吉田:おっしゃるとおりです。「公衆衛生学」や「未病」といった保健・医療・福祉領域の研究を突き詰めながら、「ビジネス」「テクノロジー」などの他の要素を掛け合わせて、社会システムの変革を実現する人材を育てるのが、SHIの目標です。

溝口さんが元々の気質として持ち合わせている「リーダーシップ」は、果たして私たちが「教える」ことができるものなのか、あるいは身に着けるきっかけとなるような環境づくりが鍵になるのか、模索しているところです。

 

溝口:私の場合は、元々「当事者意識」や「責任感」を必要以上に持ちやすいタイプだったことが大きいと思います。言い換えると、自分の課題や社会の課題に対して、“本気”で向き合い続けてきたのです。それを象徴するのが、20代半ばでまだ青かったときに毎日更新していたブログのタイトル「Change Myself-0.8%の人材を目指して」があります。その場に100人の人がいたとして、自ら学ぶ場を得ようと能動的に行動する人はそのうち20%。学んだことを自分の血肉に変えようとする人はそのうち20%。そこからさらに具体的なアクションを起こす人はそのうち20%。つまり全体の0.8%、100人中1人未満の存在になることを自らに課していました。

すると、例えばセミナーに行ったら、他の誰よりも集中して話を聞き、終了後には復習して自分なりに咀嚼し、仕事の場で活かすようになります。その地道な積み重ねが、現在に至るまで役立つさまざまな知見を私に授けてくれたと思っています。「当事者意識」や「責任感」があると、ひとつの事象から吸収できるもの・ことの総量が増える。FiNCのメンバーにも、自ら高い目標を掲げ、その達成に向けて「当事者意識」と「責任感」を持つことを求めています。

 

大きなことを成し遂げるには、人間関係資本が必要

溝口:生み出した価値を世の中に広め、人や社会の課題解決につなげていくためには、「テクノロジー」「アントレプレナーシップ」「リーダーシップ」などのさまざまな要素の掛け合わせが必要だとお話ししましたが、それ以上に大切なのは、お客さま・ユーザーを理解することです。

そう考える背景には、トレーナー時代に経験した失敗への反省があります。あるプロ野球選手のトレーニングをサポートしていたときのこと。強くなってほしい、勝ってほしい一心で、非常に過酷なメニューを課したところ、彼から強く反発を受けました。メニューをこなしながらも心の中でサイドブレーキを踏み、手を抜くようになってしまったのです。そこで、私はその感情を受け止め、彼との向き合い方をあらためることにしました。メニューの内容はそのままに、最初の2日間を彼と一緒に取り組むことにしたのです。困難・苦労を共有することで、私と真っすぐ向き合ってくれるようになったことを覚えています。

 

吉田:正しい知識や情報を用意するだけでは不十分で、それを届ける際の姿勢や、サービス提供者と利用者の人間関係など、周辺環境の整備も重要ですね。どれだけ相手のことを思いやれるかが、相手の行動変容を起こせるかどうかに深く関わってくると思います。

 

溝口:今後AIで代替が効かないのは、そういう「温かみ」ではないかとも思います。いかに相手の立場で物事を考えられるか、いかに相手の心を推し量るか――それが差別化要素になってくる時代だと思います。
FiNCでは、「VALUE」として以下を掲げています。

Be Visionary
with Compassion
and Mindfulness
for Customers’ Smile
「Compassion」は、まさに相手の立場になって物事を考えることを意味しており、お客様や仲間を想像しながら仕事をすることが、全社的なカルチャーとして根づいています。

 

吉田:溝口さんを見ていると、人間関係資本(人生を支える力となる、周囲の人々との信頼関係や結びつき)が豊富だなと感じます。SHIでは、学生の皆さんに、学び研究する活動を通じてそうしたネットワークをたくさんつくり、人間関係資本を豊かにしてもらいたいと思っているんです。

 

溝口:FiNCを経営していて常々思うのは、事業の成長に関わる変数が非常に多いということ。ライフサイエンス、マーケティング、ファイナンス、テクノロジー、UI・UX、人事戦略、法律等々。これらすべての分野を、私一人でカバーするのは限界があります。大きなことを成し遂げようとすればするほど、多くの人の支えが必要だと痛感してきました。ですから現在のFiNCを構成するメンバーは、医師や薬剤師、栄養士から、データサイエンティスト、AIエンジニアまで多様性にあふれています。

事業を成功させるには、自分自身の能力のみならず、どれだけ多くの人たちに支援・応援してもらえるかということが重要です。それはすなわち、自分がどれだけ多くの人の成功や自己実現に貢献したかということに比例すると思っています。私を含むFiNCのメンバーは、お客さまの成果をお客さま以上に本気になって追いかけることに幸せを感じる気質の人が多い。利他的に動くことで自分自身を満たす――それを継続してきたことで、人間関係資本が積み重なってきたという感覚があります。

 

吉田:さまざまなバックグラウンドを持つ人とつながり合って、協力しながら新しい価値を生み出していく。まさにSHIが目指していることを体現されていて、勇気づけられます。

 

社会の課題解決に本気で、自分勝手な人に飛び込んできてほしい

溝口:私と同じような思考・知見・ビジョンを持つ人は相当数いると思うのですが、ヘルスケア領域で大きな課題を解決するためのビジネスを立ち上げることのハードルは、本当に高いなと常々感じています。まず、国としてユニコーンやメガベンチャーを後押しする体制は、中国やアメリカと比較すれば弱いと言わざるを得ません。ベンチャー支援を目的に年間で投下される資金の規模には、大きな差があります。

 

吉田:まずはベンチャー起業自体に高いハードルがありますよね。医療・ヘルスケア業界ならではのハードルについては、どう思われますか?例えば、私が日頃から感じているハードルは、多くの日本人に刷り込まれている「健康はタダだ」という概念です。アメリカで暮らしてみると、健康がいかに高価なものか身に染みてわかります。そういう環境下では、病気の発症や重症化を予防したり、健康を増進したりするモチベーションが自然と高まり、そのためのサービスの利用も進むと思うのですが……。

 

溝口:健康を失うと、人生のすべてを失う――健康には、それほどのインパクトがあります。しかし一方で、「人間は、健康のために生きているわけではない」という側面もありますよね。多くの人にとって、健康は「手段」にすぎない。その手段のために、さらなる手段を講じたいと思う人は少ないでしょう。それが、無視できない現実なのです。

それを踏まえて、私たちがやらなければいけないことが2つあります。ひとつは、健康を実現する「運動」「栄養」「休養」に関する悪しき習慣を是正して正しい習慣を生きることで、どんなメリットを得られるのかをもっと明確にすることです。この3要素を整えることが、自己実現や幸せ、豊かさにつながっていくのだと、より多くの人に理解してもらう必要があります。

もうひとつは、健康を維持・増進するための「手段」にかかる手間を極力排除することです。Amazonが人々のショッピングの手間を大幅に軽減したように、ヘルスケアビジネスに携わる企業は、人々の健康維持・増進の手間を軽減しなければならないのです。そこでは、健康だけを目的としないインセンティブを設計するのも有効な一手でしょう。例えば当社が提供するヘルスケアプラットフォームアプリ「FiNC」では、毎日の歩数に応じてポイントが付与され、美容・健康グッズが揃うセレクトショップ「FiNCモール」で使うことができます。ゴールはあくまで「ユーザーの健康」ですから、その実現の手段である「運動」の動機はポイントでも構わないのです。多くの人の行動変容を促し、広く社会を変えていくためには、ヘルスケアと、日常生活や仕事、趣味などの周辺領域をグラデーション状につなげ、習慣、文化、空気をつくる発想が必要だと思います。

 

吉田:これからの医療・ヘルスケア領域に必要な人材を一言で言うと、私は「自分に限界をつくらない人」ではないかと考えています。未来の社会を支える保健・医療・福祉のシステムを構築するには、もっとチャレンジする人、もっとリスクテイクする人が必要なのです。チャレンジして、失敗して、あいつバカだねと言われるくらいが快感!と思える人に、この領域に入ってきてほしいです。溝口さんはいかがですか?

 

溝口:あえて極端な言い方をすると、「自分勝手な人」がもっと現れるべきだと思っています。正確に言えば、「自分のビジョンや社会の課題解決に本気で向き合う、自分勝手な人」です。これまでの常識やルール、枠組みの中では解決できなかった課題がたくさんあり、それを超えて発想することが求められています。

学べば学ぶほど、経験を積めば積むほど、人は常識的になっていくきらいがあります。ですから、ヘルスケア領域については、むしろ無知でもいい。それよりも、自分が目指すビジョンに向かって、自分勝手なまでに真っすぐ突き進んでいくマインドこそ、これからのヘルスケア領域を担う人材に必要なものだと思います。

 

PROFILE

吉田 穂波

医師、医学博士、公衆衛生修士。三重大学医学部卒業後、聖路加国際病院で臨床研修ののち、名古屋大学大学院医学系研究科で博士号を取得。その後2008年、ハーバード公衆衛生大学院に留学し公衆衛生修士号を取得、同大学院のリサーチフェローとして少子化対策に関する政策研究に取り組む。東日本大震災被災地支援活動以降は災害時母子支援システム構築の第一人者として国の検討会や多数の講演に呼ばれるほか、自治体研修等で「受援力」を学ぶ場づくりに取り組む。4女1男の母。

溝口 勇児氏

高校在学中の17歳からトレーナーとして活動。今日までプロ野球選手やプロバスケットボール選手、芸能人など延べ数百人以上の身体づくりに携わる。また業界最年少コンサルタントとして、数多くの新規事業の立ち上げや、業績不振企業の再建を担ってきた。2012年4月にFiNCを創業。一般社団法人アンチエイジング学会理事、日経ビジネス「若手社長が選ぶベスト社長」に選出、「ニッポンの明日を創る30人」に選出。

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